2025年5月15日、多くのファンや業界関係者を驚かせる発表がありました。
女優、モデル、歌手として多方面で活躍してきた西内まりや(31)が、自身のSNSを通じて芸能界からの引退を表明したのです。
「この度西内まりやは芸能界を引退することとなりました」
この一文から始まる投稿は、12歳でスカウトされてから19年間、ティーンのカリスマモデルから女優、歌手へと活躍の場を広げてきた彼女の芸能生活に、突然の幕引きを告げるものでした。
引退の理由として西内は「身内のトラブル」を挙げ、「今年になって身内があるトラブルを起こしている事が発覚」したと説明。
自身は関与していないものの、「場合によっては大きな問題になり関係各所にご迷惑が及ぶ可能性がある」として、活動を自粛していたことを明かしました。
中学1年生の夏に福岡でスカウトされてから、ファッション誌「ニコラ」「Seventeen」の専属モデルとして10代の憧れとなり、女優として「月9」ドラマに主演し、歌手として日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞するなど、多方面で才能を発揮してきた西内まりや。
本記事では、彼女の19年にわたる芸能活動の軌跡を振り返りながら、突然の引退発表の背景や、彼女が残した功績、そして新たな人生への展望について掘り下げていきます。
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Contents
福岡の少女からティーンのカリスマモデルへ
西内まりやは1993年12月24日、福岡県福岡市中央区に生まれました。
実姉はタレントの西内ひろ、ラグビー選手の西内勇人・西内勇二兄弟とは従兄弟関係にあります。
彼女の芸能界入りは2006年夏、13歳の時のことでした。
福岡市内に遊びに来ていた際に、芸能事務所ライジングプロダクションのスタッフによるスカウトを受けたのがきっかけです。
同年10月には、福岡第一高校・第一経済大学付属高校の合同学園祭「パラマ祭」で開催された「中学生カラオケ選手権」に3人組ダンスユニットで出場し、グランプリを獲得。
この頃から彼女の才能の片鱗が見え始めていました。
2007年7月、西内は小・中学生向けファッション誌「ニコラ」(新潮社)の専属モデル「ニコモ」としてデビュー。
2009年度にはニコラ部長を務め、同世代の少女たちから絶大な支持を集めました。
また、当時の新ブランド「Lindsay」(ナルミヤ・インターナショナル)のイメージモデルも務め、ティーンファッション界での存在感を高めていきました。
2010年5月号で「ニコラ」を卒業した西内は、同年7月号からティーン向け雑誌「Seventeen」(集英社)の専属モデルへとステップアップ。
2011年3月号では初の表紙を飾り、ティーンモデルとしてのキャリアをさらに確固たるものにしていきました。
女優・歌手としての飛躍と多才な活躍
モデルとして活躍する一方で、西内は女優としてのキャリアも着実に築いていきました。
2008年7月、日本テレビ系ドラマ「正義の味方」で女優デビュー。
当初は本人の意向ではなく事務所の方針だったという女優業でしたが、その後の彼女の重要なキャリアの柱となっていきます。
2011年12月には「スイッチガール!!」(フジテレビTWO)でドラマ初主演を果たし、2013年8月には「山田くんと7人の魔女」(フジテレビ)で地上波連続ドラマ初主演という大きな節目を迎えました。
2014年には新たな挑戦として、8月20日に「LOVE EVOLUTION」で歌手デビュー。
その年の第56回日本レコード大賞では新人賞および最優秀新人賞を受賞し、第47回日本有線大賞でも新人賞を獲得するなど、歌手としても高い評価を得ました。
2015年には「10代がなりたい顔ランキング」で1位に選ばれ、同世代の若者たちからの絶大な支持を集めていました。
2016年秋には映画「CUTIE HONEY -TEARS-」で映画初主演を飾り、2017年1月にはフジテレビ系「月9」ドラマ「突然ですが、明日結婚します」で月9初出演にして初主演という快挙を達成。
モデル、女優、歌手と多方面で才能を発揮し、まさにマルチタレントとして輝いていました。
独立と新たな挑戦、そして突然の引退へ
2018年3月末、西内は安室奈美恵なども所属していた事務所ライジングプロダクションから独立。
以降はフリーランスとして活動し、自ら個人事務所を設立して新たな挑戦を続けました。
独立後は海外企業のアンバサダーを務めたり、2021年にはNetflix配信の「全裸監督」シーズン2に出演。
2023年1月には日中合作の音楽劇「李香蘭 -花と華-」で主演の李香蘭役を務めるなど、表現者としての幅を広げていきました。
2024年には縦型ショートドラマ「殺せなかった妻」(ドラマアプリ「UniReel」で配信)で主演を務めるなど、国内外で精力的に活動していました。
しかし、2024年12月28日の投稿を最後に、それまで頻繁に更新されていたSNSの更新が突然停止。
そして2025年5月15日、西内は自身のInstagramで芸能界からの引退を発表したのです。
引退の理由について西内は「今年になって身内があるトラブルを起こしている事が発覚」し、「その件に私自身は関与していないものの、場合によっては大きな問題になり関係各所にご迷惑が及ぶ可能性がある」と説明。
「今一度身内と、そして自分自身と時間をかけて向き合う必要がある」と現在の心境を吐露しました。
西内まりやが残した功績と新たな人生への展望
西内まりやの突然の引退発表は、多くのファンや業界関係者に衝撃を与えましたが、彼女が19年間の芸能活動で残した功績は計り知れません。
ティーンモデルとしてのキャリアから始まり、女優、歌手と多方面で才能を発揮した彼女は、「やりたいことに挑戦する」という姿勢を貫き、多くの若い女性たちの憧れとなりました。
特に10代の少女たちにとって、西内まりやは単なるファッションモデルではなく、自分の可能性を信じて挑戦し続ける姿勢を示す存在でした。
引退発表の中で西内は「ここ数年は、個人的にも沢山の出会いがあり、国内外問わずファッションを中心に、仕事もプライベートも充実したとても楽しい日々を過ごす事が出来ました」と振り返り、「中には形にする事が出来ず悔しい思いをした仕事もありましたが、後悔はありません」と語っています。
そして今後については「自分の人生で得た経験を基に、今とはまた違う形でも、やりたい事を形にしていこうと思っています」と前向きな姿勢を示しました。
「決してこんな終わり方を望んでいたわけではなく寂しいですが、本当に感謝しています」という言葉からは、突然の引退に至った状況への複雑な思いが伝わってきます。
しかし同時に「今はとにかく目の前の日々に感謝して、自分らしい人生を見つけていきたい」という言葉には、新たな人生への希望も感じられます。
まとめ:19年間の軌跡と新たな出発
13歳でスカウトされてから19年間、西内まりやは常に挑戦し続け、多くの人々に影響を与えてきました。
ティーンのカリスマモデルから始まり、女優、歌手と多方面で才能を発揮し、「月9」主演や日本レコード大賞最優秀新人賞など、数々の実績を残してきました。
突然の引退発表は多くの人に衝撃を与えましたが、彼女自身の言葉にあるように「今とはまた違う形で」新たな挑戦を続けていくことでしょう。
西内まりやが芸能界で過ごした19年間の軌跡は、これからも多くの人々の心に残り続けるでしょう。
そして、彼女が新たな人生で見つける「自分らしい人生」が、充実したものになることを願わずにはいられません。